女御・更衣って、なに?

 源氏物語の中にはいろいろと聞き慣れない官位・役職の名前が出てきます。男性だけでなく女性でも、中将だの典侍だのと呼ばれる人がいます。これが、源氏物語をわかりにくくしている原因の一つですよね。これについては折にふれ、「道草」していきたいと思っています。
 
 今回は特にお后についてのお話。

参考までに、当時の官位(これは男性です)はこんな感じです。     

正一位 太政大臣
正(従)二位 左大臣、右大臣、内大臣
正三位 大納言
従三位 中納言

(ちなみにこの後に少納言が来るかと思うとさにあらず。間にいろいろ入って少納言は従五位下となっています)

 こうしてみると、大臣と大納言とではたった1階級違うだけと思うのですが、そこには厳然たる区別があるようです。

 特に娘が後宮(徳川幕府でいう、大奥)に上がった場合、正妻(皇后)といえるのは「中宮」。
その下が女御で、これは皇族の女性や大臣家の娘の時に使われ、通常はこの中から一人が中宮になるわけですね。(勿論例外もあるようです)
その下が更衣。これは、当然大納言以下の家柄の女性です。

 ここでは、大臣と大納言の差というのがとてつもなく大きいですね。(桐壺の更衣の場合は、父大納言が既に亡くなっており、ほかにしかるべき後見人がいないという事情が大きいのでしょうが)
 ま、このあたり詳しくは、学校などでも配布されている「国語要覧」などという本に載っていると思うので気になる方はみてください)

 親の位がそのまま引き継がれて娘たちの世界に影を落とす。身分制度の社会ですから当然と言えば当然ですが、なにやら社宅を舞台にしたドラマのような気もしてきたりして…
 色好みの文学といわれる源氏物語も、そんな読み方をすることでまた新しい面白さが発見できました。

 じゃあ、御息所って?

 みやすどころ、声に出すときにはみやすんどころと読むことが多いですね。文字通り、もともとは帝が一息休息をとる場所を指す言葉だったようです。それがいつの間にか(帝に休息を与える)女の人を指すようになり、次第に、皇子、皇女を生んだ女性のことを指すようになったといいます。


 

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