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Return to Gunparade (アルファシステム公式HP)
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ガンパレード回想記、とでも訳すのであろうか。
"Return to Gunparade"、通称リタガンである。

ご賢明な貴方ならすでにお察しのことと思うが
そう、やはりまたガンパレネタ。

またかよ、と言う声が聞こえてきそうではあるが
ガンパレネタはコレで終わりであるのでお許し願いたい。

むしろGPM23レビューはコレのための伏線であったと言っておこう。

コレを紹介するために
あの長い長いレビューを書いたのである。

ご存知の通り
GPM23は前代未聞のゲームであった。

ソレは謎を追ったゲームであり
影で人知れず戦い続けた誰かの物語であり
23番目のクラスメートがやってくるまでの物語である。

その過程で明らかになった裏設定の数々。
そこから浮かび上がる新たなストーリー。

その物語はGPM23にはまればはまるほど
燦然と輝きを増して、心温めるのである。

振り返ってゲーム、ガンパレードマーチはどうだったか。

ガンパレではそのゲーム性から
実はシナリオと呼べるものはほとんど無い。

それはガンパレが"体験"を売りにしているからである。

人間らしい振る舞いをするAIたちと
自由に自分だけのシナリオを作り出すことを売りにしたガンパレにとって
固定で一本道のシナリオなど単なる邪魔なものでしかなかったのだ。

そのため謎や固定シナリオの残骸のようなものは
極力見えないようになっているのである。

かく言う私も絢爛舞踏になりきって
ばっさばっさと敵を薙ぎ払うことに喜びを見出し
本来シナリオ重視の本懐を忘れ、それにはまっていたのであった。

しかし、一通り遊び倒し
ふと自分を取り戻せば、沸いてくるものがあった。

シナリオに対する不満である。

極力見えないようになっているとは言え
世界の謎は見えてしまうのだ。

黒い月って結局なんだったのよ。
Sランクエンド後に出てくる怪しいヤツらは何者なのよ。
裏切り者って誰だ、である。

だが、そのSランクエンドのラストバトルで出てきた台詞に
心動かされたのは事実である。

"誰一人死ななくても物語は終わる"

人工知能であたかも人として振舞うクラスメートたちと
戦時を体験するゲーム、ガンパレードマーチ。

その戦い中で、死に別れた戦友がいた。
戦闘にかまけ、食料に配慮するのを忘れ、餓死したクラスメートがいた。
永遠に来ないかもしれない明るい未来を語り合った恋人がいた。

テロリストと戦うことを首相が宣言し
イラク派兵をし続けて、もはや戦時と呼べる現在の日本でも
体験できない戦争のリアルさがガンパレにはあった。

例えそれが
ゲームという甘ったるいフィルターを通したとは言え
考えさせられるものであったのだ。

それがそのラストで
掌を返したように、高らかに希望を謳ったのである。

それまでどちらかというと物悲しいストーリーを好み
悲しいことは何処にでもあると知ったかぶり
世界は不平等で優しくないと変に納得してきた私である。

私はそこら中に掃いて捨てるほどいる
ひねくれた若造の一人であった。

そんな私にとって
その希望はそれまでのゲームの流れからしてみたら唐突で
だが妙に眩しくて、うっかり信じてみたくなったのだ。

そこから先はご存知の通り
うっかり信じてしまいたくなったが故に、公式サイトに足を運んでしまい
GPM23にやられ、今に至るわけである。

そこで私は知ってしまった。
ゲームでは語られることの無かったストーリーを。

それがどんなものかは
GPM23レビューで語ったとおりである。

誰からも世界からもあらゆるものから見放された一人の少年が
それまで偽りの笑みを浮かべ当たりさわりのない性格を演じてきた彼が
身を守るために紛れ込んだ学生軍の一つの部隊で優しさを受け
人を愛することを知り、その他諸々のやりとりのうちに
いつしか彼は自分が本当の笑みを浮かべているのだと気づくのだ。

己の闇の深遠を覗きこみながら
絶望の淵で、それでもなおと燦然と輝くまでの物語。

その輝きは豪華絢爛。光輝呼ぶ舞踏。
ヒーローの誕生であった。

そしてそれは偶然ではなく、必然であり
そのために影で人知れず戦い続けた者たちがいて
その後を継ぐように遅れてくる23番目のクラスメートがいる。

それはコレ以上ないくらいのハッピーエンドであったのだ。

しかしその情報量は限られており
おのずとその設定から想像することしかできなかったのである。

その想像はとどまる事を知らず
やがてそれは渇望に変わる。

知りたい。
もっとその物語に触れていたい。

そう思うようになるのは当然の帰結であった。
そしてその欲望の矛先はメディアミックスに移っていくのである。

多くのゲームがメディアミックス展開される昨今の風潮に
口コミでスマッシュヒットを飛ばしたことや根強い人気に
ガンパレもアニメ、小説、ドラマCDに展開されたのだ。

その中に望む物語があることを信じて
ソレをあさり始めるアレな人間が一人誕生である。

そのほぼすべてに目を通したあたりが我が業の深いところであるが
だが、結局、求めたものはなかったのである。

漫画の方は大分裏設定も勉強していたようで
がんばっていたのだが、いかんせん、漫画として面白くなかった。

アルファシステム準公式として発売されたドラマCDは
確かに設定どおりといえばその通りであったが
アレは没シナリオであり、没は結局没である。

つまりは面白くなかった。

そしてアニメである。
これについては一言物申したい。

一話見ただけで物申すのもアレなのだが
中身は上っ面の恋愛話であるとのことである。

それはそれでいい。
それはガンパレの一つの側面であり、それもガンパレなのだから。

私が言いたいのは
肌が褐色のキャラクターや車椅子のキャラクターを
自主規制の名の下に切り捨てたことである。

あんまりである。

そう、ガンパレにはかなりアレな表現があったり悲しい出来事もあったけれど
開発スタッフたちが一番伝えたかったことは、そして願っていたことは
誰かを悪者したり、また誰かが不幸になり、誰かを排除しなければ生き残れない
そんなメッセージではなかったはずだ。

誰もが幸せになれる。

そんな愚かしいくらいに馬鹿馬鹿しくて
ありえないくらいに楽観的なことを伝えたかったではないのか。

そう強く思うのであるが
これは単なる一ファンの戯言に過ぎない。

なんだかんだ言って
ソレさえも許容してしまうほど器が大きいのがガンパレであり
アニメがガンパレの名を広めたという事実もある。

これはそう、原作を超えるものはないという古くから伝わる名言が
このときも繰り返されただけの話である。

結局、望むものは何処にもなかった。
知りすぎた不幸があっただけなのだ。

人間、濃くて良いことなどあまりない。
ただそれだけのことなのである。

だが、だが。
この胸に湧き上がる想いをどうしたらいいのか。
それはそれでしょうがないと物分りが良く諦めるしかないのか。

どうしても譲れない物語が誰にだって一つはあるだろう。

そして、なんとなく納得して諦めるという行為をしたくないと思わせたのが
他でもないガンパレとGPM23なのだ。

そんな想いを抱いていた頃であったか。
その物語が語られ始めたのは。

原作を超えるものはない。
それは一つの真実である。

なら、それは
原作を読めればいいのではないのか。

そう、それはアルファシステムの公式HPで
始まった一つの物語である。

ゲームガンパレの根底に基づく物語であり
GPM23の展開をも含むその緻密なストーリー。

満を持して現れた
絶望の中で輝きを増すその伝説。

その原作が自ら語られ始めたのである。


"Return to Gunparade"


その一言が胸を打ち
その言い回しに心振るえ
その豪華絢爛な輝きが我が魂を掴む。

それはそのゲーム性によって
殺され続けた一人の少年の心の機微を描いた物語であり
影で人知れず戦い続けた誰かの物語であり
私が望んでやまなかった物語である。


そう、ガンパレードマーチは未だ鳴り止まない。




文責/ことだま